劇場版名探偵コナン「紺青の拳」で流れてた、あの曲について
月の似合う男ってなかなかいないと思います。
この映画に限らず、月夜に紛れて現れては、宝物を取っていくキッド様は、本当に月の似合う男ですよね。
※以下ややネタバレがあります。
■月の役割について考える
アニメや文学の世界では「太陽」=「男性または生の象徴」に対して「月」=「女性または死と再生の象徴」として、扱われることが多いという話を聞いたことがあります。
例えば、「新世紀エヴァンゲリオン」ではOP映像内で綾波レイが画面いっぱいの月を背負ってるカットがあります。
このシーンを見て「女性の象徴」または「あっ、この子死ぬんだな」ってことが読み取れることが出来ます。
ギリシャ神話の月の神様はヘタカーという女神様ですが、冥府の守護者でもあるために「死の女神」とも呼ばれているそうです。
また、ラテン語ではルーナ(Luna)と言いますが、ルナティック(Lunatic)とは、「狂気の」という意味だそうです。
そのような歴史からヨーロッパを中心に「月」はなんか不吉だなぁというイメージが持たれていたようです。
■キッド様はなんで月がお似合い?
それなのに何故キッド様は月が似合うのか。
調べてるとこんな記事がありました。
キッドはバンパイアと一緒で、月の光を浴びて傷を治して、また元気に飛び去っていくようなイメージで作りました。太陽が不吉な方向にいくなら、月は回復の方向にいく、というようなイメージがありましたね。(長岡監督)
https://www.google.co.jp/amp/s/www.cinematoday.jp/news/N0109149.amp.html
まさかのDIO様化していたキッドさん。(笑)
怪盗とは本来人間の敵。悪魔的な存在として扱われていたため、「太陽の時間に弱く、月の時間で再生する」作りとなっていたのかと解釈しました。
(だからDIO様も月がお似合いなんですね…)
■あの曲について
映画のクライマックスで、突然クラシック音楽が流れます。それも巨大な船が街に突っ込み、至る所で炎が立ち昇りながら。
その残酷さと非道さがあの曲によって助長されていたように見え、鳥肌さえ立ってしまいました。
その曲とは、C.A. ドビュッシー作曲 ベルガマスク組曲 第3番「月の光」です。
1890年ごろに作曲された曲であり、美しい和声が魅力的なため、彼の作品の中でも最も人気な曲の1つです。
この曲には元となった詩があります。
君の心の風景は独創的な絵のようだ
魅惑の仮装行列が行進し
縦笛を吹き踊る人が描かれているが
仮面の下には悲しそうな表情がある短調の調べに乗せて
愛や命を歌っているが
幸福そうな顔には見えない
歌声は月の光に溶け込むばかりだ静かな月の光は悲しくも美しい
小鳥たちは木の枝に夢み
噴水は恍惚にむせび泣く
大理石の像の中の繊細な水のほとばしり
こちらはフランス人の詩人ヴェルレーヌが書いた詩ですが、「悦楽の後の虚しさ」というざっくりとした内容が込められています。
その矛盾している点は美を追い求めるドビュッシーを物語っているようにも思います。
ちなみに、ドビュッシーはこの詩が大好きで、初期には歌曲にして当時好きだった女性にも贈っています。(彼は何度も取っ替え引っ替えしますが)
■映画での役割を考える
劇場で見た時、これはキッド様のために使われた曲なのかと思いましたが、恐らくそれは安易な考えなのではと思い、考え直してみました。
結論からいうと、リシ(目を瞑った梶裕貴)の心情を表現していたのではと思っています。
細かいことは覚えてませんが、リシ君はレオンさんを先生と慕っていました。しかし親を殺されたとかで実はレオン先生に対してずーーっと復讐心があったんです(確か)。
レオンの為に召集された大群の行進ですが、その後リシ君によってレオンを裏切りました。その様子は魅惑の仮装行列の様でした。
君の心の風景は独創的な絵のようだ
魅惑の仮装行列が行進し
縦笛を吹き踊る人が描かれているが
仮面の下には悲しそうな表情がある短調の調べに乗せて
愛や命を歌っているが
幸福そうな顔には見えない
リシ君の人生とは、この詩のようだと私には見えました。
ま、この後のイケメンキッド様復活の伏線のための曲だったのかもしれませんがね!
という訳で、是非その大切なシーンで使用された「月の光」を聴いてみてください!
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別件ですが、夏目漱石の「月が綺麗ですね」という言葉がありますよね?
あの言葉は言わずもがな、"I love you"を日本語に訳すなら?という問いへの回答です。
「月」という言葉の役割(の解釈)は上記で説明した通りなので、この「月が綺麗ですね」にも深い意味があるんじゃないのかと思ってしまいました。
月は死と再生の象徴です。そのため、月を見て「あぁ、僕は今から死にます。死んでも貴方の心に居させてくれませんか。」とニュアンスなのではないでしょうか。
死ぬまで行かなくとも「さようならをする前に、この想いを伝えたかったんです」という一期一会的な解釈もできるかと思います。
漱石さんは西洋文学にも精通している方なので、西洋文化であるこの解釈はあながち間違ってもないのではないでしょうか。笑
※上記の内容は確実でないものも含まれます。
※映画の解釈については僕個人の妄想です。ご容赦下さい。
Twitter→tanuki_song